歌川国芳 スカイツリーはガセ?浮世絵の正体の謎と真相について

江戸時代末期の浮世絵師・歌川国芳が描いた「東都三ツ股の図」に、東京スカイツリーが描かれていると話題となっています。

都市伝説とまで言われている一方で、ガセだとも言われている歌川国芳の「東都三ツ股の図」に描かれているスカイツリーらしき建造物。

歌川国芳が描いた謎の浮世絵の正体や真相をお届けします。

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歌川国芳 スカイツリーの浮世絵

江戸時代末期、お上の体制を風刺する絵を描き続け 人々に愛されていた浮世絵師・歌川国芳


武者絵・風景画・美人画・役者絵など幅広い絵を描いていた歌川国芳の作品の1つ「東都三ツ股の図(とうとみつまたのず)」が話題となっています。


歌川国芳 スカイツリー画像引用元http://www.photo-make.jp/


天保2(1831)年ごろの作品といわれ、隅田川と小名木川が交わるところにあった三ツ股(中州)周辺を描いたもので、シジミ取りの舟が浮かび、手前には舟底をいぶす2人の船大工が描かれています。

この絵の左側奥に建っている2つの建築物に注目してください。

右側の異常に高い塔、これが東京スカイツリーなのではないかと言われているんです。

東京スカイツリーらしき建物が描かれている方角と同じ方角に東京スカイツリーが建っていることから、歌川国芳は未来を予言しているのではないかと話題なのです。



歌川国芳 スカイツリーはガセ?

未来を予言したと言われている歌川国芳の「東都三ツ股の図」。

都市伝説と言われている一方で、 という声もあるんです。


ガセと言われている理由は…

●江戸時代には江戸城より高いものは存在しないはず
 当時、江戸幕府の威厳を保つため、江戸城よりも高い建造物、地上からの高さが58m以上の高い建物を建てることは禁止されていた

●江戸時代には、ありえない高さ


では、歌川国芳の絵に描かれているスカイツリーがガセだとしたら、「東都三ツ股の図」に描かれている高い塔はなんなのでしょうか?


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歌川国芳 スカイツリーの浮世絵の正体の謎と真相

歌川国芳の「東都三ツ股の図」に描かれているスカイツリーと言われている高い塔ですが、井戸を掘るために建設された櫓「井戸掘り櫓」ではないかと言われています。

江戸時代当時の「井戸掘り櫓」は組み立て式だったらしく、定期的にこのような櫓があちこちに建設されていたのだそうです。

そして、謎の建築物が描かれている辺りは、かなり深く掘らないと地下水に届かなかったため、とんでもない高さの「井戸掘り櫓」になったようです。


ちなみに、スカイツリーと言われている高い塔の左側の建築物は「火の見櫓」だそうです。

木造建築が中心の江戸時代に火災が起きると大災害となってしまうので、早く火事を発見するため町全体を見渡せるように高い見張り台が置かれていました。



まとめ

歌川国芳の「東都三ツ股の図」に描かれているスカイツリーらしき建築物。

描かれている方角に実際東京スカイツリーが建っていることから、歌川国芳が未来を予言して描いたのでは!?と話題になっています。

しかし謎の建築物の正体は「井戸掘り櫓」というのが有力のようです。

歌川国芳が何か特殊能力があって未来を予言して描いていたのでは!?という思いも捨てたくないですね。

歌川国芳の絵はグーグルのCMでも紹介されています。
グーグルCMのスカイツリーとは?【画像】歌川国芳の浮世絵は予言か!

その他、意味わかんない!というようなCMも紹介しています!

意味不明!謎のCM特集

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